市場拡大と生産性拡大はポジティブフィードバックを発生させる。まず都市の発生や輸送システムの発展に起因する取引コストの削減があり、そこから市場の拡大と需要の増大が発生する。需要の増大は供給の増大につながり、供給の増大は再び需要の増大をもたらす。すなわち拡大した市場の影響はポジティブフィードバックであり、それを以下に具体的に説明する。
需要増加から発生する供給増加
市場拡大とは都市が形成されたり、交通インフラの改善により、より多くの人に対して物が売れるようになった状況を意味する(また以下に書いてある需要増加が発生した状況も発生する)。商品は遠いところまで運べるようになり、顧客は移動してサービスを購入できるようになり、市場は拡大する。需要の拡大は生産量を上げる。生産量が上がることにより規模の経済が働き、生産性が向上する。規模の経済が働く理由は、いくつかあるが主に企業レベルでの理由が上げられることが多い。生産量があがるにつれて、生産物一つあたりの固定費用が下がるので販売価格が下がり販売量が増えるという理由である。しかし社会全体や歴史的観点からは、生産量の増大はもっと多くの効果をもたらす。以下にそれらの効果を述べる。
- 専門性の向上が比較優位性への集中を生む:比較優位性とは交換相手と自分の機会費用を含めた得意分野を比べたうえで、自分が比較的効率的にできる生産活動のことをいう。労働者が比較優位性に生産活動を集中している社会では、お互いの生産物を交換することで生産量と消費量が最大化される。しかし長い歴史において多くの人類ができることは狩猟と農作業だけだったため、自分の比較優位な分野に生産活動を特化することができなかった。都市が発生して取引コストが下がると交換が可能になり、例えば農具を作製したり農作物を加工して販売したりできるようになる。これらの分野に比較優位性がある個人が集中して生産を行うようになり、社会全体としての生産量が増大する。
- 専門性の向上が習熟を生む:市場が拡大すると労働者が特定の職業や作業に特化して作業を行うようになり、その作業に習熟することになる。一人が3つ作業を行ってピンを生産する工場労働者よりも、三人が一つの作業だけを分担して行う方が技術の習得が早く高度な技術を習得できる。トラックと乗用車の両方の販売を担当している営業マンはどちらか一つだけの車種を担当した方がより深い製品知識で営業活動できるので生産性が上がる。
- 専門化した新しい商品やサービスの販売:市場が拡大し、生産を増大させると、生産者は顧客の細かいニーズに対応した製品を販売可能になる。ナイフを製造している職人工房は、生産量が増えると大きなナイフと小さなナイフを生産したり、料理用包丁やハンティングナイフなどを生産することが可能になる。これは、生産量が増えると、複数の職人を雇って、それぞれ別の製品を製造させることが一つの理由である。大企業でも同じことが起こり得る。生産ラインを5個しか持ってないトラック製造会社は5種類の車種しか製造できないが、生産台数があがると生産ラインを追加してより多くの車種を製造販売できるようになる。多種多様な商品やサービスは消費者の効用を向上させるが、それらの製品が他の生産活動の投入物として利用される場合は、その生産性をさらに向上させる。
- 投資の増大と技術革新:市場規模が拡大し、生産者の生産量が上がると投資機会が増える。投資機会が増えると技術革新が起きやすくなる。(詳しくは、投術革新と投資量は市場規模に比例するを参照)。
- Winner Takes All効果による生産性の向上:(交通インフラの改善により広い地域で販売できるようになった場合のみ)市場が拡大し、生産者がより広い範囲で販売できるようになると、生産性の低い業者が淘汰されることにより産業内の平均生産性が上がる。また、Winnerの生産量が上がることにより、Winnerに規模の経済が働く。ドイツでは鉄道が発達する前は全国に小さいビール醸造所が存在していたが、鉄道が発達するにつれて生産者の淘汰が始まった。生産性が高い生産者が生き残り、産業平均の生産性が向上したことは想像にかたくない。
なお、上記の3と4については新しい製品の販売につながることがある。新製品は交換物の多様性を増加させ、多様性の増加は交換の発達度(社会の豊かさ)を上げる点に留意したい。また、投資の増大や新製品の販売が物流や交通分野で発生した場合、市場がさらに拡大するため大きな効果が発生する。
供給増加から発生する需要増加
供給が増加すると関連商品の需要が増加する。供給が増えた商品を仮に商品Aとする(商品Aは既存の製品の場合もあるし、上記の3と4の理由により発生した新しい製品の場合もある)。その場合、以下の理由により関連した商品の需要が増加する。
- 補完財の需要増(補完財[1] … Continue readingが存在する場合):商品Aの補完財をCとする。商品Aの生産の拡大はAの消費量を増やす。特にAの価格が下がる場合はその増加量も大きい。Aの消費量が増えると、同時に消費される補完財Cの需要を引きあげる。技術革新で処理能力が高いCPUの供給が増えたら、多量のデータを保持できるメモリーやハードディスクの需要も増える。処理能力が高いスマホの供給増加は転送速度が速いモバイル通信の需要を上げる。また、補完財の考え方は生産プロセスにおける様々な工程にも適用できる。例えば商品Aを生産するのにP1とP2の2つの工程が必要だとする。この場合、P1の供給が高まると、P2への需要が増加する(具体的にはP2の工程に必要な人員や生産設備に対する需要が増加する。)
- 投入物の需要増:商品Aの生産の拡大は、Aを作るための投入物(材料、人員、生産設備など)の需要を引き上げる。
- 新規需要の発生:商品Aが低価格で販売されたり新しい機能や価値を提供しはじめる場合、需要が増える。初期の鉄道は石炭や原材料を運搬する目的で敷設が、輸送価格が低くなったため旅行客の需要を発生させた。その後さらに整備された鉄道が一日の運行回数を増やすと労働者の通勤にも利用されるようになり通勤需要も発生させた。
需要が増えると、それは最初のプロセスであり供給増加を引き起こす。すなわち、需要と供給の増加は互いに影響をおよぼし合い市場を拡大していく。
References
↑1 | 補完財とは、同時に利用される複数の商品のことである。お茶とお茶菓子、スキーウエアとスキー用具、自動車とタイヤなどが例になる。補完財の片方の値段が下がるとその販売量が増える。そうすると、もう片方の販売量も増えることが予想される。 |