詳細:技術革新と投資量は市場規模に比例する

一行要約:技術革新は投資機会に比例して増え、投資機会は市場規模と期待売上規模に比例する。

技術革新は投資から生まれる。ここでいう投資とは広義の投資であり、未来の経済活動を改善しようとする行動全般とする。新しい知識や技術を習得することも、設備機械を買うことも、情熱をもってなにかを研究することも、すべて投資の一種である。お風呂の中で発明品のアイディアを考えることも、運河を作ることも投資である。

投資実行の可否は期待リターンによって決まるが、企業の場合は期待リターンは投資から発生する売上の増加かコストの削減のこととできる。仮に売上1億円と支出8000万円の企業があるとする。耐用年数20年で価格が2億円である工作機械を導入すると支出が10%削減できる投資機会があるとすれば、この企業はこの投資から一年あたり800万円の支出を削減できる。しかし2億円を耐用年数の20で割った一年あたりのコストは1,000万円であり、800万円の予想コスト削減(期待リターン)に満たないのでこの企業は投資しないはずである。しかし市場が拡大して企業規模が大きくなり、支出が1,000万円を超えれば、同じ工作機械への投資が可能になる。すなわち市場規模が拡大すると投資機会は増える。

研究開発も投資の一種なので市場規模に規定される。一年にわたって売上を5%向上できると予想される新しい機能の開発案件があるとする。100億の売上がある会社は5億までその研究開発に投資できるが1億円しか売上がない企業では500万までしか投資できない。当然、前者の方が開発に成功する確率は高い。すなわち、市場規模が大きく大企業が存在する市場の方が技術革新が起きる可能性が高いと言える。

実際、世界の企業別研究開発費を比較すると、世界市場で企業活動をやっているグローバル企業が大半を占めている。参考までにこのページの最後に世界のR&D支出上位企業ランキングを掲載しておく。

企業規模が小さいベンチャー企業が行う投資は上記の内容に反しているようにも思われる。しかし以下の3つの点を考慮すると、市場規模が投資量に影響を与えるという点がよりよく理解できる[1] … Continue reading

1つは、起業した当時は小さかった企業が大きくなって行う投資は大企業の投資としてカウントされるべきという点である。下の表で上位にあるアマゾンもアルファベットもマイクロソフトも創業当時は小さかったが、いまでは大企業である。これらの企業が大企業になった後に行った研究開発の投資とそこから得られた技術革新は大企業の技術革新になる。AWSもWindows 95もMacintoshもiPhoneもすべて大企業になった後に発売されている。大企業になるということはその企業が大きな市場で活動しているということであり、市場規模と投資の比例関係がさらに明確なる。

2つ目はベンチャー投資も想定市場とそこからうまれる期待売上に対して投資すると言う点である。通常の投資活動も期待売上の向上に対して行われるが、ベンチャー企業は売上がほとんどない場合が多いので期待売上がより大きな投資判断の基準になる。ベンチャーキャピタルがベンチャー企業の投資対象を選定するときは必ずその企業の想定市場を確認する。当然、想定市場が大きいほど投資されるケースが多くなる。

3つ目はベンチャーを国際比較した場合、市場が大きい方で投資が行われかつイノベーションも生まれているという点である。日本のベンチャー業界は今も昔も日本だけを対象にしてサービスを作っておりアプリやWebサイトを英語化しているケースすら少ない。シリコンバレーのベンチャーは英語メインでアメリカだけでなくイギリスやオーストラリアを含めた英語圏全体を対象にしていることも多い。中国も言わずとしれた大市場である。結果としてアメリカや中国のベンチャーの方がユーザー数や売上を伸ばす事が多く、期待リターンが高い。対して日本のベンチャーは市場規模が小さく、それにともない期待リターンが小さいので投資も少ない。実際、成功した日本のベンチャーと米中のベンチャーの売上や企業価値を比べると大きな差がある。結果として(データのとり方で数字が変わってくるが)アメリカのベンチャー投資額は日本の20-30倍くらいあると言われている。また、金銭的な投資だけでなく、起業家がついやしている思考の時間という投資も同じ傾向にある。日本やヨーロッパの国々には国内の起業家しかいないが、アメリカには大きな市場とそこから生まれる大きなリターンに魅せられて世界中から優秀な起業家や技術者が集まっている。全ての起業家の思考時間を合計して比較したら日本や欧州にくらべてアメリカの方が格段に多いと言えそうである。言い換えると、技術革新に大きな影響を及ぼす人間の思考時間も市場規模の比例していると言える。

なお、製薬業界の例も記しておきたい。患者数(=顧客)が多い病気についてはすぐ治療薬が開発されるが、患者数が少ない病気については開発に時間がかかったり、もしくは全く開発されないケースもある。これも市場規模(=患者数)が投資量を規定する例である。

出典:https://www.strategyand.pwc.com/jp/ja/media/innovation-1000-data-media-release-jp-2018.pdf

References

1 これまで市場規模とは、取引コストあたり人口に一人あたりの交換量を掛け合わせたことを意味してきた。しかしネットの世界では取引コストがほとんど発生せずに世界中のユーザーにアクセスできる。よって以下においては市場規模とは特定サービスの想定ユーザー数であったり特定の国に住んでいたり特定の言語を理解するユーザー数とする